簡化24式太極拳で骨の髄まで練り上げる技法(単行本)

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〓〓〓真の太極拳を学ぶ教本〓〓〓

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現在、世界中で普及する太極拳は、現在の中国政府が健康体操として制定したもので、制定太極拳とも言います。特に簡化二十四式太極拳は最も普及しています。
しかしながら、古武道である太極拳を制定して体操化した時点で、武当山の内丹修行者の導引術として発達した「宗門の行」である多くの技法は全く失われています。
特に楊式の太極拳を基にした二十四式や八十八式の制定太極拳は、形だけが残され、「宗門の行」として行われていた太極拳と形はほとんど同じですが、歩法や勢い、気の発し方、型の繋ぎ目、型の動きなど全く違うものになっています。
簡化二十四式は腐っても楊式の太極拳の形を残しており、誰でもが簡単に動くことができるもので、太極拳の入り口として最適です。
しかしながら、体操のような太極拳の形をまねたとしても、多くの普及型の太極拳愛好者に、腰や膝、首などの故障する人が多いのも実情です。
本来の太極拳は、座って坐道で自然体と中心を練り、立って腰と股、膝と首などの捻転を練り、気の通り道を経絡により練り上げて行きながら、套路という総合練習を行うものです。それらをおろそかにして、ただ単に体操として太極拳を行うのであれば、太極拳の皮だけを被った体操としか言えません。
書籍「簡化二十四式太極拳で骨の髄まで練り上げる技法」は、とても深くて重要な領域を最初から練り上げながら、二十四式といえども、とても優れた導引術を身につける入門編です。
独特であるように見えますが、今日本で普及している現在の中国政府が政策として制定した太極拳自体が、「宗門の行」である古式の太極拳から見ると独特であるとも言えます。この書籍を教本として太極拳を学べば多くの理解を得るはずです。
現在簡化二十四式などを学ばれている方は、今の形をせっかく覚えたのですから、動きがやや違うから、独特だなどと排除せず、その形の内にある骨肉を身につけることを求めれば、形も荘厳な内容のある質の高い太極拳に練り上げることができます。形に拘らず、太極拳は十三勢と言われている「勢い」を根幹とする武道ですから、その勢いを得て結果として形があることがわかれば、自ずから古式の素晴らしい真の太極拳の形になります。

〓〓〓 付録 〓〓〓
〔付録〕太極拳BGMダウンロード
 世界中で販売されている、太極拳BGM3曲と、本書のために新たにリリースされた1曲、合計4曲フルバージョンの楽曲が付録です。単行本《簡化24式太極拳で骨の髄まで練り上げる技法》と合わせてご利用ください。リピート再生でエンドレスのBGMとして使用できます。
(※ダウンロード環境は、各自でご用意下さい.Windows/MACのPCでダウンロードが可能です。)
■収録曲〔エンドレス再生対応〕
①TripMu  7分19秒 吐納・站椿・内丹など
②TrinpHigh 6分56秒 歩法・甩手など
③TripNirvana 7分19秒 運気・坐道など
④Taichi24 6分23秒 套路など

2013年 太極拳発表会 スプリングフェスティバル

場所:横浜市青葉区 藤が丘地区センター

日時:4月21日(日) 11時55分開館宣言

入場無料

参加者フォト及び当日の記録動画はこちらです。(要パスワード)

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出演者 発表演目・練習用動画

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入場

◯立禅・雲手 ・野馬分鬃・撇身捶・高探馬

鎮座

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●散手1

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甲乙予備式

甲・左手揮琵琶ー乙・右手揮琵琶

甲・進歩右上捶ー乙・左野馬分鬃

甲・右雲手ー乙・右野馬分鬃

甲・左雲手ー乙・右玉女穿梭

甲・右撇身捶ー乙・左高探馬帯採腿

甲・右前転手揮琵琶ー乙・進歩手揮琵琶

甲乙収勢

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起立

◯十字腿・斜飛式・下勢・打虎式

鎮座

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●散手2

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甲乙予備式

甲・左手揮琵琶ー乙・左手揮琵琶

甲・進歩右上捶ー乙・進歩十字腿

甲・左斜飛式ー乙・左下勢

甲・右野馬分鬃ー乙・左打虎式

甲・右前転手揮琵琶ー乙・転身手揮琵琶

甲乙収勢

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起立

◯提手上勢・倒攆猴・玉女穿梭・金鶏独立

鎮座

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●散手3

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甲乙予備式

甲・左手揮琵琶ー乙・右手揮琵琶

甲・進歩二連上捶ー乙・退歩提手上勢

甲・玉女穿梭中捶ー乙・扇通背中捶

甲・換歩倒猴左靠ー乙・右打虎式

甲・左野馬分鬃中肘ー乙・右抱虎上推

甲・左劈身捶ー乙・右野馬分鬃右靠

甲・左打虎式ー乙・右劈身捶

甲・左右手揮琵琶ー乙・退歩手揮琵琶

甲乙収勢

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●散手4

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甲乙予備式

甲・左手揮琵琶ー乙・左手揮琵琶

甲・進歩右上捶ー乙・進歩採鎌掌

甲・倒猴穿梭中冲(合法)ー

乙・倒猴穿梭中冲(合法)

甲・俯堅掌金鶏纏腕から左腰腿摔角・捻華纏腕(裁法)・地震脚

乙・横転手揮琵琶ー甲・進歩手揮琵琶

甲乙収勢

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起立

◯胆式

終了

 

深い眠りを

昨日で3回の夜間クラス体験が終わり、参加されたみなさんからは「このような自分の体をゆっくりと見つめながら動く時間はとても大事だと感じたし、楽しかった」「体の緊張感がだいぶほぐれた」「経絡を感じながら動かすのが興味深かった」など、様々なうれしい感想をいただきました。
この体験会も、残すところ来週の9月20日(木)で終わり、いよいよ10月からは夜間クラスが始まります。

体の重要な内臓や神経、生理などを調整しながら、太極拳の型を経絡に沿って覚えていくのは、とても理知的で、より太極拳の深さを味わえます。
そして何より、心身がリラックスして良いホルモンが沢山出ているような心地よさのまま、お風呂に入って深い眠りにつけることが、夜間クラスを終えると実感できます。
夜間クラスで覚えた数々の内丹術や太極整体、導引法、運気法、呼吸法を毎晩の日課とすれば、太極拳の大切な根本だけでなく、人生を健康に楽しく生き抜く糧となることは間違いありません。

太極拳と長寿遺伝子サーチュイン

武当派の太極拳は、不老長寿を極めていくという内丹術を、武道と一体化したものであることは有名です。医武同源ということです。
不老長寿を研究する仙学というと、現在においては何か神秘的な、それよりも怪しいものにまで変化して伝わっているところが多いようですが、もともとは内丹とほぼ同じ意味で、本来は道教の僧が自己確立のための予防医学や健心・健身術として極めていったものであったのです。ところが、安易に素早く長寿や健康を望む一部の者が、仙薬を作ったり特別な修行や荒行を行ったりしたものなどを仙術と名乗っているものが今やほとんどです。
内丹術としての太極拳は、心身のホメオスタシス(恒常性維持機能)を取り戻し、長寿と心身の健康を促進するもので、太極拳の攻防理論や、太極理論と完全に一致し、漢方や黄帝内経などの理論にも通じているものです。

そこで今回は、最近注目されている健康と長寿の遺伝子「サーチュイン遺伝子」に注目してみました。

サーチュイン遺伝子とは、生物の長い飢餓の歴史の中で、飢餓対策として体内に生まれたものであり、安全過剰で飽食の現代人のなかではほとんど休眠中で、その結果、老化が進行しているというのです。
サーチュイン遺伝子は、体が飢餓状態だと判断すると目覚め、細胞中のミトコンドリアを活性化させてエネルギー効率を高め、さらに、活性酸素の害を防ぎ、免疫力低下、動脈硬化、高血糖、ぼけ、骨粗鬆症、脱毛白髪等の老化症状を防ぎ改善して、美肌と持久力と抗がん作用を高めるとされているのです。
更に注目すべきは、遺伝子損傷の修復能力で、放射線被曝への抵抗力も期待できるそうです。詳しくは多くの実験結果に基づいて紹介されたNHKスペシャル「あなたの寿命は延ばせる~発見!長寿遺伝子~」を参照してください。
サーチュイン遺伝子を活性化させる薬品として、1939年に北大の高岡道夫氏が有毒なバイケイソウから発見したレスベラトロールというものがあります。身近な食品では、ブドウや葡萄酒に少量含まれているのですが、すごく大量に摂取しないと有効量に達しないので、含有サプリメントが輸入販売されているのですが、レスベラトロールは不安定なサプリメントで効力に大きな差があるようなので注意が必要です。

そこで、サプリメントに頼らず、自然にサーチュイン遺伝子を活性化する方法ですが、飢餓状態になったり、適度な有酸素運動をしているときにミトコンドリアが増えることは知られており、サーチュイン遺伝子もそのようなときに活性化することがわかっていますので、そのような状態を作ればいいわけです。
武当派太極拳に伝わる、瞑想のように太極拳の套路を行う瞑想太極拳(本来は「動禅」というのですが、瞑想禅になっていない太極拳でも動禅という言葉を使うようですので瞑想太極拳と言って区別しています。)というものがあります。
瞑想太極拳と通常の套路の大きな違いは、完全に意識を失うような寸前、わかりやすいのは、寝入り際の状態で動くことです。
寝入り際は、死の寸前と同じような意識レベルの状態です。座禅ならその状態に入ることを目指します。
座禅の場合は、身は制止していますから、精神の世界においてのみ飢餓状態に入り、存在の根幹まで深く心が見えて澄み渡ってきます。そこで、存在のための根源的な智慧を活性化させようとするものです。実際、脳内において、最も深いところの根源脳の視床下部などが活性化することもわかっています。
瞑想太極拳(動禅)はそれだけでなく、身体の飢餓スイッチを目覚めさせるもので、経験的科学によって、道教の内丹術(仙術)では創始の頃から確立されています。
武当山では、通常は日が落ちる前に夕食を食べて、道士たちは十方叢林という寺院内の施設で、外部から逃げてきた武道家達や結社の残党たちと、ゆるやかに穏やかに内丹術や仙術について学び合い、そして、外丹術としての推按や按摩、点穴などを相互に施し、ほぼうつろな状態での浅い睡眠のような中で静かに夜を過ごしていたそうです。そしてほとんどのものは、眠くなればそこでそのまま寝てしまったということです。翌朝は陽の光で目覚め、すぐに霞が漂う表に出て、全員で動禅として套路を行います。
この時の体はほぼ飢餓状態であり、目覚めもまだ完全でなく、脳も睡眠状態から抜けていません。そしてそこで動くことで、心身はより深い生死の境目のような境地に向かっていきます。変性意識状態のトランスとよく似ています。興奮の無い静かな感覚と、寝ているのか起きているのかわからないような変性意識があります。
武当派の太極拳の高手は、とても若くはつらつとしています。瞑想太極拳は、自然にサーチュイン遺伝子を活性化する条件を伴っていることが、以上からもとてもよくわかります。サーチュイン遺伝子の活性化は、飢餓スイッチが入った状態での適度な有酸素運動であり、まさに瞑想太極拳そのものです。
朝の套路は瞑想のようにとてもとてもゆっくりと、意識を捨てて考えず、意の赴くまま、気の赴くまま、間違えてもいいのでとてもゆっくりと途切れずに行います。
通常では考えられないほどゆっくり行う套路は、円運動だけではなく、紡錘反射や陰陽の間にある無極という弾み(飽和と消滅)の動きを習得する必要があります。その動きは、式と式の間にある過渡式に秘められていますので、武当派の套路は、一般に普及している套路と同じもののようであるけれど全く違うものであるといえます。
武当派の套路は、上達すればするほどとてもゆっくりと行えるようになります。
それは、医武同源、内丹仙術と武道を一如として発展してきた太極拳だからなのです。

免疫力と多幸感と快感を、太極拳と頭推按で。

50メートルプールに一滴垂らすほどの量で、完全な作用をもたらすと言われているホルモンのように、人間の体内や脳内には人間の生命や精神に多大な影響をもたらす物質があります。
そのひとつは、脳の中で作られる麻薬に似たエンドルフィンという物質で、とくに作用の強いベータエンドルフィンはモルヒネの6倍の強さを持ち、脳内麻薬(脳内モルヒネ)と呼ばれています。脳内で麻薬と同じような効果をもたらしますが、もちろん生体内に自然に生成されるものなので中毒になるということもありません。
いい音楽を聞いたり親しい人と会話を楽しんでいるときなどに分泌されるため、快楽物質とか幸せホルモンとも呼ばれ、性行為をすると、β-エンドルフィンが多く分泌されます。
このような快感を覚える脳内ホルモンには、エンドルフィンのほかにも、セロトニン、エンケファリンなどが20種類も見つかっています。
特に、精神性の高い欲求を実現している際には、エンドルフィンは抑制されずに放出されつづけるらしいのです。
このようなホルモンが分泌されると、気分が高揚しストレスを解消するため、免疫力が高まって病気にかかりにくくなります。
とくにベータエンドルフィンは、免疫機能をつかさどるT細胞やB細胞、さらにガン細胞を殺すNK細胞などの免疫細胞を増殖したり活性化する働きがあり、老化を防ぐことになります。
逆にイライラや怒りなど精神的にストレスが加わると、エンドルフィンの分泌は抑えられ、かわりに脳からノルアドレナリンという物質が分泌されます。
さらに恐怖を感じる時にはアドレナリンが分泌されます。このような緊急時には、快楽物質とか幸せホルモンと呼ばれるエンドルフィン系では、危険を回避するには役に立たないからです。しかし、これらは毒性のきつい物質で、これが出やすい人は、老化しやすく、免疫力が低下して病気にかかりやすくなってしまいます。
経穴などを点穴や鍼灸などの技術で的確に刺激すると、エンドルフィンが分泌されることが明らかになっています。
頭部にある経穴を経絡に沿って気功を行う、頭推按(とうすいあん)という太極拳の外気功術などもエンドルフィンを分泌させて様々な効果をもたらすもののようです。
頭推按では頭部の経絡と経穴に、武当派の太極拳で修行される点穴術(急所を突く術)を、活法(活力を与える法)として気功を行うものです。
ベータエンドルフィンなどは、脳の神経細胞などの間で情報を伝達したり作用する重要な脳内物質です。
このような物質が正常に保たれていると、脳内で報酬系(満足したときに活性化する系統)といわれる部位が活性化し快の感覚を感じるのです。
頭推按で、脳内の気と血の流れを、経絡と経穴の緊張緩和と緩慢緊縮により改善することで、脳内の様々な生理作用のホメオスタシス(恒常性維持、つまり最も正常な状態に戻ろうとする機能)が正常化すると考えられています。正常化すると、脳内には様々な物質が正常に放出されるのは当然のことです。
脳内には、マリファナなどとよく似た内因性カンナビノイドなども見つかっており、トラウマの記憶を消去する効果も持っているそうです。このような物質も正常であれば、十分に放出されます。
また、太極拳で放出されることで有名なセロトニンは、不安や興奮、不快感を鎮める「リラックス」のホルモンですが、現代人においては不足しているらしいです。セロトニンは、喜びや快楽で興奮すると出るドーパミン(快)や、恐れたり驚いたりすると出るノルアドレナリン(不快)の情報をコントロールして鎮める精神安定の効果があるといわれています。また、人間の精神に多幸感、他者との共有感などをもたらします。
ドーパミンが適当に放出されながら気が充満した感覚と、その解毒を上回るエンドルフィンが放出されている快感と、セロトニンというリラックスホルモンによる多幸感と共有感という愛に包まれているような感覚が、確かに太極拳や頭推按にはあります。

花粉症と太極拳

いよいよ花粉症のシーズンです。今年は花粉量も多いとか。

花粉症などのアレルギーは副交感神経の暴走(異常興奮)によって悪化します。
太極拳は副交感神経を使った武道です。多くある武道の中でも全く逆の神経作用を使用しています。
従って、呼吸法も吐納法という逆腹式呼吸になっています。そのため多くのリラックス効果を得て、健康にとても良いのは周知の事実です。
主にガンや、炎症系の病気は交感神経が暴走することが要因になることも知られています。
多くの場合は、リラックスした、副交感神経優位の生活を送っていれば、このようなリスクは相当軽減されます。
ところが、副交感神経が優位ではなく暴走しがちになると、免疫系のバランスが狂うこととなり、今度はアレルギーの体質に身体が導かれていきます。
リラックスしすぎも良くないということではなく、その暴走が要因なのです。
暴走とは中心に戻ってこない、要はたこ糸が切れたたこのようになってしまうということです。
一度アレルギー体質になってしまうとなかなか、この暴走体質を元に戻すのは大変です。
太極拳は副交感神経を使う武道ですので、免疫などの感受性の幅がとても大きくなります。そのため、現在の汚染物質の多い日常では、花粉もその一つとして感受してしまうほどの感受性が育つ場合もあります。
そこで、花粉症の人の太極拳は、副交感神経と交感神経の交差バランスを最も重視しなければなりません。
そのためには、昼間に攻防ができる散手などの練習を多用することです。そうすると、副交感神経が発勁と蓄勁時に使用され、交感神経も過渡時に使用されます。
そこで副交感神経、交感神経、副交感神経と自律神経の相互和合バランスが強化されます。
太極拳の套路や站椿の修練ばかりをしていると副交感神経優位の体質になりやすく、交感神経を多用する武道ばかりを練習していると交感神経優位の体質になりやすくなります。
アレルギー体質への対処のためには、太極拳を練習するときには、副交感神経が暴走しないように日常生活を注意する方が良いでしょう。
まず、大切なのは昼間の太極拳の散手練習などですが、仕事をしている人は毎日行えないと思います。(夜は逆効果です)
しかし、朝の套路と夜の站椿だけで、昼間はコンピュータに向かって仕事をしたり、座り放しや、又はだらっとした生活を送っていると、バネの弱い神経系統になり、太極拳の朝の套路と夜の站椿がより副交感神経の暴走に拍車をかけることにもなりかねません。ですから最も大切なのは、せめて気を入れるような運動、例えば無酸素運動、筋トレや、腹筋などを昼間に行うことです。太極拳をやっている場合、筋トレなどで筋肉をつけるとその筋肉に頼ってしまう傾向があるので、あまり筋トレなどを求めていませんが、要は頼らないように修練すればいいだけで、筋肉が付くこと自体には、あまり重くなったり弊害が出ない限りはよいと思います。
ですから、花粉症を改善したい場合は、太極拳をされている方はより、昼間の腹筋やスクワットなどの交感神経を多用する運動をお勧めします。又は、他の武術練習の拳脚をするのも良いと思います。このようなことを太極拳家が言うことは珍しいと思いますが、医学の範疇にあることです。
それと、他にも色々な花粉症改善のための方法があります、その一つとして、点穴術を使用します。
両手両足などの爪の生え際に井穴(せいけつ)というつぼがあります。
その中でも薬指の小指側の部分が、副交感神経の暴走を抑える、すなわち調整する井穴です。三焦系という交感神経を刺激する経穴です。
太極拳をやっていると、指先の井穴からエネルギーがわき出て体中に流れていくのがよくわかります。三節や龍の勢という太極拳の基本練習で習得します。
薬指の小指側の井穴、ここを指などで刺激すると、アレルギーに効果があります。他の指は主に副交感神経系を刺激するので、交感神経系の暴走調整になります。
土いじりや、料理、指先を刺激する日常生活をしている人は、人間の指先にある井穴が結構刺激されます。
足の方は畑仕事や、裸足で歩くと刺激されます。
そんなことが少ない、または生活を緊張させている現在人には、井穴を直接もむ爪もみや、三節を使用した点穴術がおすすめです。
三節を使用した点穴術は修練が必要ですが、爪もみは自分の人差し指と、親指で片方の薬指の先を横からつまんで、爪の付け根にある井穴をもめば良いだけです。暫くやっていると、頭もはっきりしてきますから、そこが効果が出始めたときですので目安になります。一日に数回を昼間に行うことで、くせになるほど年中やっていることをお勧めします。
急性の副交感神経の暴走によるアレルギー発作には、自分で出来る対症療法もありますが、まずは、予防のために、副交感神経の暴走体質を改善することが大切です。
太極拳を行っていると、免疫系統が活発になる副交感神経が優位になる体質になり、ガンや炎症などのリスクが軽減します。しかし、逆のこのような作用もあることを覚えておいてください。

太極拳の融和の心身への作用

公園でよく見る健康太極拳ですが、本来太極拳の套路は、武術としての太極拳の練習の一環であり、又、単なる型ではなく、動きの連続性を練るような勢の連続的運用法なのです。ですから、最も大切なのは、その太極拳の型と型の間にある、過渡式といわれるつなぎ部分であり、それが太極拳を武術として運ぶことができるところです。
太極拳は太極拳本来の真の武術性を求めることによって、武術の根本にある 、人間本来の融和という能力を使った練習をすることができるのです。
融和というのは、太極拳においては合一といいますが、太極拳のあらゆる攻防理論にその意があります。
融和とは単純に考えると相手と融けあって和むということです。よく似たことで迎合というのは相手に従うのですが、融和は相手の動きに合一して、自分の中に溶け込ませてから、相手も自分として動かすことができるということです。
迎合と受容の違いは精神医学のカウンセリングの根本理論にありますが、それと全く同じで、太極拳の融和を、迎合と受容で勘違いすることだけでも全く違うものになってしまいます。
融和して攻防を行う武術の基本練習の一つとしての套路は、一般的な太極拳の套路のように決められた形や姿勢にのみに迎合することなどありません。
なぜなら、相手はいつも生きていて動いているからです。又自分自身もまず相手を受け入れるので頑固とした囚われを持つことで相手を受け入れることができません。
人間に潜在する能力は、枠や条件にはめず、おおらかに開放してこそ、発揮されます。それが太極拳の神髄です。そこには、人間本来の素晴らしい活力と、全てのものと仲良く調和できる陰陽合一性があるのです。
だから、道教の内家で太極拳法を創始した王宗岳が、太極拳の理論を明確に書いた太極拳経といわれる太極拳のバイブルに、融和合一については重ねて述べていて、形にとらわれて遠きを求めるような迎合と、融合という心構えの少しの違いが、修練に天地の隔たりをもたらすと、太極拳を学ぶものに強く釘を刺しているほどです。
太極拳は全てのものを受け入れて自分のものとして融和して自分なりのものにしてしまうという、基本理念があります。
これが太極という陰陽合一の精神であり、人間の心身に多大な素晴らしい影響を及ぼします。
自分の中にある自分の受け入れがたいものを受け入れることを自己受容といいます。自己受容があると、自己以外のものもたやすく受け入れる器ができます。そして受け入れたものを自分のものとして相手と共有できます。
例えば相手の攻撃も、自分のものとして共有することができ、それを使って相手が滞ったり、相手の空っぽなところに侵攻することができます。相手は自分自身でそれを受け入れることができていなければ、もちろんこちらの侵攻に支配されてしまいます。
このような攻防が太極拳です。真の太極拳の修練は何にも侵攻されない、そして全てが自分の命の中にあることを知っている、融和された円満な本来の心身を復活することができるのです。

太極拳で生成と破壊の新陳代謝

人間の生理には新陳代謝があります。

新陳代謝はいうなれば生成と破壊が一体として行われています。

この新陳代謝が正常に行われていると、人間の心身は正常に保たれています。

太極拳はこのような陰陽のバランスを心身に呼び戻すための、バイオフィードバック効果もあると考えられています。

套路を行っていて、そのバランスの調和を乱す働きを、自らの心身の動きで取り除いていくことで、なめらかな滔々としたと套路を完成させていきます。

この感覚を元に、日常生活においても、その感覚を持って最初のうちは意識的に自らを見つめて、その内に無意識にその感覚の中で生きていきます。水が流れるような感覚です。

このような生成と破壊のバランスは日常的にバランスを崩しては、恒常性を維持する働きが生まれると言うことを繰り返して、心身を維持しています。

太極拳の套路でも、套路がうまくできるまでは多くの人が経験する感覚です。

ところが、意識において、何らかのこだわりや滞りが生まれると、太極拳の套路でも破壊が進み、生成がおぼつかなくなります。

簡単に言うと、太極拳の型がスムーズに動かなくなります。套路においてはそのようなことが無いようになめらかに円運動を繰り返していくのですが、日常生活においてみると、普通ではそのような感覚で生活しているわけではありません。

例えば、三毒という煩悩があります。一つは貪り、そして飢餓から生まれる怒りのしん瞋、そしてその飢餓と貪りの元が見つからない愚かな痴です。このような煩悩から、人間の心身に作用する感情は怒りや不満、そして我慢などです。

唯識論参照 http://www.amrm.org/i/?cat=9

例えば、太極拳の内丹術では、怒りを息とともに外に吐ききれず怒りを残すような生活を行っていると、食道や肺、肝臓に破壊と生成の過剰が生まれます。前者は炎症、後者はガンなどです。

怒りを吸い込み腹に落としてためる場合は、胃や十二指腸、膵臓に、怒りを不満に抑え込み、水と共に外に出してしまおうとするが出し切れない場合は、腎臓や大腸や膀胱、女性の場合は子宮などに破壊と生成の過剰が生まれます。

三毒は心臓から始まるとされているので、もちろん心臓からの気血が作用するのです。心臓と各臓器は綿々と途切れることのない呼吸によって気と血が循環することで、新陳代謝をスムーズに正常に保ちます。

このような全身を巡る経絡に沿ってなめらかに心身が動く感覚を、太極拳の套路で感じて修練して、そして日常生活にそのまま活かしていくことが、太極拳のような陰陽バランスと同じ新陳代謝を自らの心身に取り戻す為の方法でもあると思います。

無源(むげん)という無限(むげん)なことについて

太極拳は、道教の理論と合致しているところから太極拳と名付けられたのですが、道教の祖は老子というおじいさんです。

テレビの香取慎吾が主人公の西遊記では、「おっぱいまつり」が大好きなおじいちゃんでした。

太極拳は中国の道教のお寺で、少林寺の内家から流れ出た僧達によって主に伝承されていて、道教のお寺が集まる武当山はいうなれば太極拳のメッカでした。(古き当時はまだ太極拳とは呼ばれていませんでした)

その老子が残した道教の道経の第四章は無源というタイトルです。無限とは限りがないということですが、この場合は源がないということになります。

太極拳にも源はありません。平たく言うと、套路の型にしてもそれが源ではなく、そこからのスタートでもありません。

技を覚えても、型を覚えても結局は、その場になってもそのとおりには使えません。太極拳はいざというときに源のない勢を使いますから,死にものぐるいの火事場のくそ力を普段から練習して思い出しておくだけのものです。その技には意識も形のようななんの源もないのです。

このように、太極拳は、深く自分の中にある人間としての無意識よりも深い生理力学を使うのですが、その源はどこにあるのかを考えます。

その源は太極拳では、神(しん)と呼ぶ,魂のようなものをさします。(魂ではありません)この源はいくら探しても見つからないし、源などはないと説明したのです。

神(しん)とは人間が今までにこの世に存続してきたことの、目に見えない力、生命力とも存在力とも言える、根本的生命力のようなものでしょう。

この力のことをあの【おっぱい祭り】大好きなおじいさんは、無源といい、源のないもの、すなわちいくら使ってもなくならない、いくらでも使う事の出来る無限のものであると説明しているのです。

もちろんこのようなものは、説明してもしきれるものでもなく、経験して感じるものです。

この経験は思想や概念で到底説明できませんが、太極拳を修練していると無源のものに巡り会うことが出来ます。

源のないもの、いくらくみ上げても枯れることのない生命力のようなもの、これをいつも使うことが大事なのです。

源のあるもの、形のあるもの、例えば筋肉や道具、身体や神経、意識や目や鼻、口,足や手などなどを使っていると、どんどん源が枯れてきます。

源になる部分をいくら鍛えても、使えばその源はそれなりに減ります。

少なからずとも無源のものは、常に使っているのですが、それに気づいていないと、おもに有源のものを使って生きることになります。

もし、無源のものに気づけば、使い方を太極拳で繰り返し経験することが出来ます。 この源のない勢を使っているととても気持ちよく,すがすがしい楽しい気分になります。

太極拳の練習をしていて熟練してくると、必ずと言っていいほどこのような感覚が増えてきます。

無源のものを使っていると、その無源のものが自分を通じて環流する感覚を思えます。

生命の内側から外側に向かっていき、又新たなものが生命の内側に新陳代謝するような感覚です。

太極拳の内丹では大周天と呼び、套路などでその感覚を経験します。

単純にイメージかもしれませんが,イメージではなく事実かも知れません。これが無源ということです。

「無源第四」道冲而用之或不盈。淵乎似萬物之宗。挫其鋭、解其紛、和其光、同其塵。湛兮似常存。吾不知誰之子。象帝之先。