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太極拳と長寿遺伝子サーチュイン

武当派の太極拳は、不老長寿を極めていくという内丹術を、武道と一体化したものであることは有名です。医武同源ということです。 不老長寿を研究する仙学というと、現在においては何か神秘的な、それよりも怪しいものにまで変化して伝わっているところが多いようですが、もともとは内丹とほぼ同じ意味で、本来は道教の僧が自己確立のための予防医学や健心・健身術として極めていったものであったのです。ところが、安易に素早く長寿や健康を望む一部の者が、仙薬を作ったり特別な修行や荒行を行ったりしたものなどを仙術と名乗っているものが今やほとんどです。 内丹術としての太極拳は、心身のホメオスタシス(恒常性維持機能)を取り戻し、長寿と心身の健康を促進するもので、太極拳の攻防理論や、太極理論と完全に一致し、漢方や黄帝内経などの理論にも通じているものです。

そこで今回は、最近注目されている健康と長寿の遺伝子「サーチュイン遺伝子」に注目してみました。

サーチュイン遺伝子とは、生物の長い飢餓の歴史の中で、飢餓対策として体内に生まれたものであり、安全過剰で飽食の現代人のなかではほとんど休眠中で、その結果、老化が進行しているというのです。 サーチュイン遺伝子は、体が飢餓状態だと判断すると目覚め、細胞中のミトコンドリアを活性化させてエネルギー効率を高め、さらに、活性酸素の害を防ぎ、免疫力低下、動脈硬化、高血糖、ぼけ、骨粗鬆症、脱毛白髪等の老化症状を防ぎ改善して、美肌と持久力と抗がん作用を高めるとされているのです。 更に注目すべきは、遺伝子損傷の修復能力で、放射線被曝への抵抗力も期待できるそうです。詳しくは多くの実験結果に基づいて紹介されたNHKスペシャル「あなたの寿命は延ばせる~発見!長寿遺伝子~」を参照してください。 サーチュイン遺伝子を活性化させる薬品として、1939年に北大の高岡道夫氏が有毒なバイケイソウから発見したレスベラトロールというものがあります。身近な食品では、ブドウや葡萄酒に少量含まれているのですが、すごく大量に摂取しないと有効量に達しないので、含有サプリメントが輸入販売されているのですが、レスベラトロールは不安定なサプリメントで効力に大きな差があるようなので注意が必要です。

そこで、サプリメントに頼らず、自然にサーチュイン遺伝子を活性化する方法ですが、飢餓状態になったり、適度な有酸素運動をしているときにミトコンドリアが増えることは知られており、サーチュイン遺伝子もそのようなときに活性化することがわかっていますので、そのような状態を作ればいいわけです。 武当派太極拳に伝わる、瞑想のように太極拳の套路を行う瞑想太極拳(本来は「動禅」というのですが、瞑想禅になっていない太極拳でも動禅という言葉を使うようですので瞑想太極拳と言って区別しています。)というものがあります。 瞑想太極拳と通常の套路の大きな違いは、完全に意識を失うような寸前、わかりやすいのは、寝入り際の状態で動くことです。 寝入り際は、死の寸前と同じような意識レベルの状態です。座禅ならその状態に入ることを目指します。 座禅の場合は、身は制止していますから、精神の世界においてのみ飢餓状態に入り、存在の根幹まで深く心が見えて澄み渡ってきます。そこで、存在のための根源的な智慧を活性化させようとするものです。実際、脳内において、最も深いところの根源脳の視床下部などが活性化することもわかっています。 瞑想太極拳(動禅)はそれだけでなく、身体の飢餓スイッチを目覚めさせるもので、経験的科学によって、道教の内丹術(仙術)では創始の頃から確立されています。 武当山では、通常は日が落ちる前に夕食を食べて、道士たちは十方叢林という寺院内の施設で、外部から逃げてきた武道家達や結社の残党たちと、ゆるやかに穏やかに内丹術や仙術について学び合い、そして、外丹術としての推按や按摩、点穴などを相互に施し、ほぼうつろな状態での浅い睡眠のような中で静かに夜を過ごしていたそうです。そしてほとんどのものは、眠くなればそこでそのまま寝てしまったということです。翌朝は陽の光で目覚め、すぐに霞が漂う表に出て、全員で動禅として套路を行います。 この時の体はほぼ飢餓状態であり、目覚めもまだ完全でなく、脳も睡眠状態から抜けていません。そしてそこで動くことで、心身はより深い生死の境目のような境地に向かっていきます。変性意識状態のトランスとよく似ています。興奮の無い静かな感覚と、寝ているのか起きているのかわからないような変性意識があります。 武当派の太極拳の高手は、とても若くはつらつとしています。瞑想太極拳は、自然にサーチュイン遺伝子を活性化する条件を伴っていることが、以上からもとてもよくわかります。サーチュイン遺伝子の活性化は、飢餓スイッチが入った状態での適度な有酸素運動であり、まさに瞑想太極拳そのものです。 朝の套路は瞑想のようにとてもとてもゆっくりと、意識を捨てて考えず、意の赴くまま、気の赴くまま、間違えてもいいのでとてもゆっくりと途切れずに行います。 通常では考えられないほどゆっくり行う套路は、円運動だけではなく、紡錘反射や陰陽の間にある無極という弾み(飽和と消滅)の動きを習得する必要があります。その動きは、式と式の間にある過渡式に秘められていますので、武当派の套路は、一般に普及している套路と同じもののようであるけれど全く違うものであるといえます。 武当派の套路は、上達すればするほどとてもゆっくりと行えるようになります。 それは、医武同源、内丹仙術と武道を一如として発展してきた太極拳だからなのです。

免疫力と多幸感と快感を、太極拳と頭推按で。

50メートルプールに一滴垂らすほどの量で、完全な作用をもたらすと言われているホルモンのように、人間の体内や脳内には人間の生命や精神に多大な影響をもたらす物質があります。 そのひとつは、脳の中で作られる麻薬に似たエンドルフィンという物質で、とくに作用の強いベータエンドルフィンはモルヒネの6倍の強さを持ち、脳内麻薬(脳内モルヒネ)と呼ばれています。脳内で麻薬と同じような効果をもたらしますが、もちろん生体内に自然に生成されるものなので中毒になるということもありません。 いい音楽を聞いたり親しい人と会話を楽しんでいるときなどに分泌されるため、快楽物質とか幸せホルモンとも呼ばれ、性行為をすると、β-エンドルフィンが多く分泌されます。 このような快感を覚える脳内ホルモンには、エンドルフィンのほかにも、セロトニン、エンケファリンなどが20種類も見つかっています。 特に、精神性の高い欲求を実現している際には、エンドルフィンは抑制されずに放出されつづけるらしいのです。 このようなホルモンが分泌されると、気分が高揚しストレスを解消するため、免疫力が高まって病気にかかりにくくなります。 とくにベータエンドルフィンは、免疫機能をつかさどるT細胞やB細胞、さらにガン細胞を殺すNK細胞などの免疫細胞を増殖したり活性化する働きがあり、老化を防ぐことになります。 逆にイライラや怒りなど精神的にストレスが加わると、エンドルフィンの分泌は抑えられ、かわりに脳からノルアドレナリンという物質が分泌されます。 さらに恐怖を感じる時にはアドレナリンが分泌されます。このような緊急時には、快楽物質とか幸せホルモンと呼ばれるエンドルフィン系では、危険を回避するには役に立たないからです。しかし、これらは毒性のきつい物質で、これが出やすい人は、老化しやすく、免疫力が低下して病気にかかりやすくなってしまいます。 経穴などを点穴や鍼灸などの技術で的確に刺激すると、エンドルフィンが分泌されることが明らかになっています。 頭部にある経穴を経絡に沿って気功を行う、頭推按(とうすいあん)という太極拳の外気功術などもエンドルフィンを分泌させて様々な効果をもたらすもののようです。 頭推按では頭部の経絡と経穴に、武当派の太極拳で修行される点穴術(急所を突く術)を、活法(活力を与える法)として気功を行うものです。 ベータエンドルフィンなどは、脳の神経細胞などの間で情報を伝達したり作用する重要な脳内物質です。 このような物質が正常に保たれていると、脳内で報酬系(満足したときに活性化する系統)といわれる部位が活性化し快の感覚を感じるのです。 頭推按で、脳内の気と血の流れを、経絡と経穴の緊張緩和と緩慢緊縮により改善することで、脳内の様々な生理作用のホメオスタシス(恒常性維持、つまり最も正常な状態に戻ろうとする機能)が正常化すると考えられています。正常化すると、脳内には様々な物質が正常に放出されるのは当然のことです。 脳内には、マリファナなどとよく似た内因性カンナビノイドなども見つかっており、トラウマの記憶を消去する効果も持っているそうです。このような物質も正常であれば、十分に放出されます。 また、太極拳で放出されることで有名なセロトニンは、不安や興奮、不快感を鎮める「リラックス」のホルモンですが、現代人においては不足しているらしいです。セロトニンは、喜びや快楽で興奮すると出るドーパミン(快)や、恐れたり驚いたりすると出るノルアドレナリン(不快)の情報をコントロールして鎮める精神安定の効果があるといわれています。また、人間の精神に多幸感、他者との共有感などをもたらします。 ドーパミンが適当に放出されながら気が充満した感覚と、その解毒を上回るエンドルフィンが放出されている快感と、セロトニンというリラックスホルモンによる多幸感と共有感という愛に包まれているような感覚が、確かに太極拳や頭推按にはあります。