想念太極拳

人間はまず感覚があり、それを感受します。(感受性)
感受した物事の感覚を想念(心に浮かぶ思い)で処理して、観念(その感覚に対して抱く考えや思い)をもちます。
想念太極拳は感覚を感受したときに浮かぶ想いで動く太極拳です。
想念太極拳は、単純に環境の感覚や、身体の変化の感覚をまず受けて、その想念が浮かんできたところをとらえて、それを循環させて消滅させていきます。その繰り返しです。
いつの間にか、長い套路の中で浮かんでくる、環境から受ける感覚に対するストレスや、身体の感覚から受けるストレスが心地良くなっていきます。生まれては消え、生まれては消えていくという循環を覚えます。
これが、日常的にも生かされてくるのです。
そしてもう一歩、レベルを上げた想念太極拳は、環境や身体だけでなく、過去の思い出や、未来の出来事にまでその範囲を広げていきます。
すなわち心の領域です。
套路を始めたら、まず、過去にあった色々なことを思い出します。
もしも思い出したくない不幸な出来事や、嫌な思い出があれば、それを思い出してみます。
その感覚を思い出します。
そこに浮かぶ想念は、套路をスムーズにこなせばこなすほど、いつまでもそこに止まることはできず、消え去っていきます。
逆に、それに囚われると、套路がスムーズに動きません。
未来の出来事もそうです。不安になりそうなことがもしあればそれを想像してみます。
同じように、いつまでもその考えに囚われれて套路を行うことなどできません。
それが太極拳の套路なのです。
想念をとらえて動く、その動きは、套路の動き方に秘密があります。
環境や、身体、そして思い出や未来の感覚を受けた時を聴勁(感覚を受けたことを感受する能力=感受性)で感受します。すなわち呼吸をため込み、蓄勁(勁という力のようなものを内部にため込んでいく)を行います。環境や、身体、そして思い出や未来の感覚は感受され、想念として膨らんでいきます。呼吸はゆっくりと文息(ほとんど呼吸をしていないような状態)で吸い込みます。
動きとしては、まるでゴムまりがキンキンにはち切れそうになるような動作です。
次に、その想念は飽和を迎えます。もうこれ以上ゴムまりがキンキンにならないのに、それ以上にふくれあがろうとしている状態です。動きとしては行き過ぎの状態です。(無呼吸です)
その行き過ぎから、元に戻ろうとする勢を利用して動きます。
動きと同調しながら、想念もしぼんでいきます。
ここで、想念太極拳を修行したものは、動きがスムーズに行われます。
呼吸はゆっくりと文息で吐いていきます。
そして吐ききったところで、もう一度吐いて、想念は消え去ります。
この繰り返しで、自らの過去のトラウマや、未来の不安も無常のものであることを心身と共に経験していくのです。
その経験は認識となり、環境の変化や、身体の異変などのストレス、過去のこだわりや嫌な思い出、未来の不安や妄想などが、浮かんでは消えていくという色(世の中の全ての形有る事象)が空(実体は中身が何もない)であり、実体が何もないような空なものであっても、形もあるものであると言うことが経験としてわかるようになります。
その、想念太極拳の套路の修行を重ね、上達すると、その套路を一月に一度ほどやるだけで、その日からの景色が変わります。
想念太極拳を繰り返していると、いずれ、日常的にも想念はその時のありのままの姿だけをとらえて、固定した観念に囚われることが無くなります。
そうすると、次は瞑想太極拳の修行レベルに入ります。

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